2011年05月21日

Wizardry Online

Wizardry Online

「短い時間にさくっと遊べて日常の隙間を埋めるようなゲームが流行る最近のトレンドに逆らって、あえて難しくて心が折れそうなゲームを作りました。キャラロストの恐怖を乗り越えて達成感を味わってください」

的な説明がなされていた。
どうやら一人で遊ぶのも困難なようで、はたして今の時代に成立するのか心配なのとともに興味深くもある。

「何の準備もなくダンジョンに入り気軽に歩き回ってると帰ることすらできなくなることもあります」
「復活に失敗すると灰になり、更に失敗するともちろんキャラはロストします。Wizですから」

死の恐怖のない世界に生き残る喜びなどない、というのはその通りだと思う。
生きているのが当たり前の世界では、うっかり人が死にそうになったときに、それが誰の責任かを追及しようと躍起になったりするが、そもそも死は理不尽な形で訪れるものであってそれが当たり前の世界では、あるいは人々は協力して生き残ろうとするのかも知れない。

「PK(プレイヤーが他のプレイヤーを襲う行為)も可としました。緊張感を楽しんでください」

しかしPKがあるので、理不尽に訪れる死の原因は、実は多くの場合他人によるものかも知れない。
そうするとこのゲームの楽しみを優先度順に並べると次のようになるのだろうか。

 1) 隣人すら理不尽な死の原因となりえる世界を生き抜く
 2) 敵でもあり得た他人同士が協力することによって困難と死を乗り越え達成感を得る

しかし「一人で遊ぶのが困難なゲームバランス」になっているとしたら、これらも成り立たないように思う。なぜなら、最優先の楽しみである「隣人すら理不尽な死の原因となりえる世界を生き抜く」部分は、すぐれて個人的なものだからだ。

敵かも知れない他人は拒否することができなければならない。しかし一人で遊べないのだとしたら、事実上はその選択肢を与えられていないのと一緒だ。いやいや信用できそうな人を選ぶことは出来る、というならば、厳しい世界を生き抜くための選択肢が人探し、という事であってそれはつまり人探しゲームである。

恐らくだが、ゲームの開発者としては、(1)か(2)を楽しみの中核に据えたいと考えているのだと思われるので、結果としては「一人でも遊べる」あるいは「PKは基本的になし」のどちらかに進むような気がする。

あるいは僕の想像などおよびもしないような組み合わせが存在し、新たな興奮があるのかも知れない。
いずれにせよ、とても気になる作品ではある。


posted by McGand at 17:00| Comment(6) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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